夏の響き|和歌と歌 —— 声と歌を、もう一度。

2026年8月。

ホールで、「夏の響き|和歌と歌」という小さな記録を撮影しました。

和歌の披講と、弾き語り。

声だけで言葉を届ける時間と、ピアノとともに歌う時間を、ひとつの作品にしました。

夏の響き|和歌と歌を収録したホールのグランドピアノとマイク

20年歌ってきて、歌との距離が変わったこと

私は、シンガーソングライターとして20年ほど活動してきました。

自分の命の響きでもある声を、一番自然な形で響かせ、外へ届ける。

私にとって、それは歌でした。

私は、話すよりも歌うほうが自然なのです。
歌っているときのほうが、無理なく声が響き、喉も楽に感じられます。

その声を一緒に感じ、喜んでもらえることは、とても幸せなことでした。

歌を作り、歌い、ピアノを弾き、動画を撮り、発信する。

長いあいだ、それが当たり前の暮らしでした。

けれど、いつの頃からか、歌うことが少しずつ苦しくなっていました。

間違えないように。

もっと上手に。

もっと心を込めて。

もっと飽きさせないように。

もっと良い演奏に。

そんなことを考えながら歌っているうちに、歌そのものよりも、「ちゃんと歌わなければ」ということに意識が向くようになっていたのだと思います。

そのうちに、歌うことから少し距離を置く時間もありました。

そして、そんな中で今回、もう一度、歌を残してみることにしました。

「完璧な一本」ではなく、今の私を残す

これまでの私は、録音するとき、

「できるだけミスの少ないものを」

と考えていました。

一度通して歌って、間違えたらもう一度。

また間違えたら、もう一度。

そして、できるだけ綺麗な形にする。

もちろん、それも作品を作るひとつの方法です。

でも今回は、できるだけ一本の時間として残してみようと思いました。

間違いも、その日の緊張も、息づかいも、そのときの声も。

それらを全部含めて、

「この日に、私はここにいて、こう歌った」

という記録にしてみる。

そんな気持ちで撮影しました。

最初に、和歌の披講を置きました

和歌の披講を行う姿|夏の響き|和歌と歌

今回、歌の前に和歌の披講を置いたのには、理由があります。

私は2年前から披講を学び始め、このたび初級認定をいただきました。

披講は、和歌を声に乗せ、その響きと言葉を味わう、日本に古くから伝わる表現のひとつです。

披講を学ぶ中で、少しずつ感じるようになったことがあります。

それは、

「声は、それだけでもいいのかもしれない」

ということ。

何か特別なことをしなくても。

強く歌い上げなくても。

技巧をたくさん加えなくても。

声がそこにあって、言葉がそこにあれば、それだけで成立する時間がある。

今回、歌の前に披講を置いたことで、私自身もそのことを改めて感じることができました。

声だけで言葉を届ける。

そのあとに、ピアノとともに歌う。

そんな順番にしてみました。

「さよならの夏」と、夏の記憶

今回歌った「さよならの夏 ~コクリコ坂から~」は、私にとって少し不思議な曲です。

昨年、旅先でホテルに泊まったとき、カラオケルームを借りて、この曲を繰り返し歌っていました。

なぜか、この歌を歌うと落ち着いたのです。

歌っていると、神戸や横浜の街の景色が浮かびます。

港町の風や、坂道や、少し遠くを見るような気持ち。

そんなものが、この曲の中にはあるような気がしています。

けれど、自然の中を歩きながら歌ったときには、少し違って聴こえました。

そのとき私は、歌というものも、場所や自分の状態によって、こんなに違って感じられるのだなと思いました。

今回のホールでは、また別の「さよならの夏」になったような気がします。

もうひとつの「蛍」

そして最後に歌った「蛍」は、20年近く前に作ったオリジナル曲です。

当時は、今とは少し違う自分が、この歌を書きました。

もともとは、男性が硬派に歌い上げるようなイメージで書いた歌です。

そんな昔の歌を、今の私が歌っています。

20年近く経って、同じ言葉を、同じ人間が、まったく同じではない自分として歌う。

それもまた、今回この曲を残したかった理由のひとつでした。

昔の自分が作ったものを、

「こんなものだった」

と置いていくのではなく、

「作ってくれてありがとう」

と、今の自分が受け取ってみる。

そんな気持ちも、少しあります。

「また歌いたい」と思えた日

撮影が終わったあと、自分の中から最初に出てきた言葉は、

「……またやりたい」

でした。

うまくできたから、ではありません。

完璧だったからでもありません。

もっと良くできたところもあります。

間違えたところもあります。

それでも、その日、怖がりながらも、私はまっすぐ歌うことができました。

そして、音を丁寧に作っていただいたことで、ピアノのことを必要以上に気にせず、自分の声に集中して歌うこともできました。

それが、とても嬉しかった。

20年間、歌ってきた私にとって、

「また歌いたい」

と思えたこと自体が、小さくない出来事でした。

この夏の響きを、残しておきます

今回の作品は、完璧な演奏をお届けするためのものではありません。

その日の声。

その日の響き。

その日の私。

和歌の言葉と、歌と、ピアノ。

その全部が重なった、2026年の夏の小さな記録です。

もしよかったら、作品の中で流れる声や音に、少し耳を傾けてみてください。

何かを急いで理解しなくても。

何か特別なものを受け取ろうとしなくても。

ただ、その時間を一緒に過ごしていただけたら嬉しいです。

「夏の響き|和歌と歌」。

この夏、ここに残しておきます。

よかったら、お聴きください。

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夏の響き|和歌と歌